「印象派を超えて―点描の画家たち」を観てきた

三菱一号館美術館へ行こうかと思っていたが、そこそこ強めに雨が降っていたために国立新美術館へ変更。昨日から始まった「印象派を超えて―点描の画家たち」に、朝一で行ってきた。こういう雨の日は、乃木坂駅から直通通路で行ける新美が強いなぁ。

 

この展覧会の情報を最初に知ったのは、「貴婦人と一角獣展」の時にもらってきたリーフレットだったと思う。そのリーフレットを、「お、ゴッホじゃんゴッホ」ぐらいのミーハーさで眺めつつも、点描というテーマ設定に「うーん…?」となっていた。果たしてそんなニッチなテーマをメインにすえて大丈夫なのかと大きなお世話な心配をしつつ、行くかどうかは開催してから決めようと考えていたのだった。行ったけど。

 

なんというか、何の予備知識もない俺の「点描」のイメージは、「綺麗だが、アートとしては消費されつくしてしまっていて、どちらかといえば工芸品」といったものだったんですよね。いや、もちろん点描について意識したことなんてほとんどないし、「アートとはなんだ!?」とか「工芸品をばかにすんのか?」などと突っ込まれても困るんだけど。

 

まぁ、この程度の予断しか持たないようなアホが、「雨だったから新美」ぐらいのしょうもない理由で、ふらふらと出かけていった訳ですが、予断はしょせん予断。大変素晴らしい展覧会でした。

 

開場直後は入り口付近が大変混雑するので、折り返し地点らしき「ゴッホと分割主義」まで一気に移動(この手を使う人は結構いるはず)。ほぼ貸切状態でそのまま「ベルギーとオランダの分割主義」、「モンドリアン―究極の帰結」まで鑑賞。そこから最初に戻ってもう一周した。こんな順番で鑑賞しておいて何ですが、これはきちんと最初から順を追ってみたくなる展覧会だった。「点描(分割主義)」という技法・理論を中心にすえることによって一本綺麗に線が通っている。おかげで、印象派から始まり、スーラとシニャック、ゴッホ、ベルギーとオランダの分割主義を経て、極限まで削ぎ落とされたモンドリアンで終わるという流れが自然と頭に入ってくる。普段は各部屋の入り口に配された説明文をすっとばすことが多いのだが(あとで図録で読めばいいじゃん派)、今回は結構きっちり読んだ。そうしたくなる構成だったと思う。色の科学に関する解説も興味深く、もっと知りたいと思わせる。

 

存在しないはずの色を加えることによって輝きを際立たせる手法であるがゆえに、精緻に描かれつつも、ありえない風景がありえない光を帯びている。その美しさは独特のものである。しかし、やはり技法としては短命であらざるを得なかったという気が、なぜかする。近代以降短命じゃなかった技法なんて無い気もするが。

 

例によって特別結論めいたものはないが、まだ始まったばかりの展覧会なので、機会があればもう一度行きたいと思う。そのぐらいの満足度はあった。それから、新美の展示はいつもスペースを贅沢に使って、快適に観られるようになっていると思う。飽くまでも俺の乏しい経験によれば、だが。