エリア・カザン『紳士協定』

エリア・カザンの『紳士協定』はなるほど名作だと思わせる出来ではあるのだが、ただ一つ気になることがある。それは、ラスト手前でのキャシーの改悛である。それまで、あれほど強行に、「普通の」「善良な」人のラインに踏みとどまろうとして、グレゴリー・ペック演ずるフィルの言葉に反発していた彼女が、唐突に前非を悔いる。相談相手であるユダヤ人の友人デイヴがフィルと比べて特別秀でた知見を披瀝したわけでもなければ、滋味あふれる語りで彼女を導いたわけでもない。彼女は唐突に、まるで天啓にでも打たれたかのように、フィルが言わんとしていた事を認識してしまうのである。しかし、観客を納得させる転向の過程が描かれてないがゆえに、彼女のユリイカ的な台詞は非常に空々しく響く。穿った見方をすれば、熟慮の末に、やはりフィルと結婚したくなったがために行っているパフォーマンスのようにも見える。無論これは考えすぎで、実際ところはフィルとキャシーを結びつける結末を導くために、多少強引な手を使ったといったところであろう。この点は少し残念であるが、全体としてみれば、やはり見所の多い名作である。