クロード・シモン『フランドルへの道』

書こうか書くまいか迷ったが、書く。

 

もうこれは今年のベストとかいうレベルではなく、オールタイムベストに入ってくる作品。「もし、自分が書いたことに出来るとしたら何を選ぶ?」という設問が、確か柴田元幸のエッセイにあったような気がするが、今この瞬間にそれを問われれば、クロード・シモンの『フランドルへの道』ですと答えるかもしれない。自分が望んでいたもの、それ以上のものがこの作品にはあった。なぜ今まで読めなかったのだろう?

 

戦争という圧倒的な「過剰さ」の噴出がある。ある、とは言ったけれども誰もその全体を見渡すことは出来ない。私たちは太陽と死を直視することが出来ないそうだが、戦争もその列に加えていいだろう。しかし、人は否応なくそれに巻き込まれ、それを眼前に突き付けられる。その時、それをいかにして書き付けることが出来るのか?

 

戦争の圧倒的な熱量に当てられたジョルジュのCPUは、オーバークロックにより上昇した知覚能力で異常なディテールにいたるまで認識・記憶するも、負荷に耐え切れず、ハングアップ寸前で異常な挙動を示し、メモリ(Memory)を圧迫する。

 

やっぱり駄目でした。うまくまとめられん。とにかく、死ぬまでの間に何度も再読するであろう作品と出会えたことは幸せです。